道鏡塚(古墳)は龍興寺(りゅうこうじ)の境内(けいだい)にあり、奈良時代の僧(そう)道鏡の墓と伝えられます。調査によって、直径(ちょっけい)約38mの円墳(えんふん)であることがわかりました。古墳の周辺から埴輪(はにわ)の破片(はへん)が見つかっています。
道鏡は奈良時代の僧侶(そうりょ)で、天皇(てんのう)に次ぐ法王(ほうおう)という位(くらい)までになりましたが、770年8月に造下野薬師寺別当(ぞうしもつけやくしじべっとう・寺の建設工事の責任者)として下野国(しもつけのくに)にやってきました。2年後の772年に亡くなりましたが、庶民(しょみん)と同じように埋葬(まいそう)されたということから、現在でもどこが道鏡の墓であるかわかっていません。