下野市の文化財

児山城

文化財の詳細情報

お城といえば、石垣(いしがき)、水濠(みずぼり)、天守閣(てんしゅかく)のイメージですが、関東地方のお城のほとんどは、そういったものでなく、堀(ほり・水のないからぼり)と土塁(どるい・土を盛りあげたもの)によってつくられていました。児山城も関東地方で一般的な堀と土塁による城でしたが、推定される城の大きさは、南北が1.2km、東西600mと大きなものでした。
児山城がいつまで使われていたかは、はっきりわかりませんが、1558年に上杉謙信(うえすぎけんしん)の軍勢(ぐんぜい)と戦った城主の児山兼朝(こやまかねとも)が討死(うちじに)したため廃城(はいじょう)となったともいわれています。