下野市の文化財

  • 下野薬師寺跡
    しもつけやくしじあと
  • 文化財の種類
  • 史跡
  • 文化財指定団体
  • 文化財が造られた時代
  • 飛鳥・奈良・平安時代
  • 文化財の所在
  • 下野市薬師寺1647
  • 概要
  •  下野薬師寺は、大和川原寺系の軒先瓦が出土することなどから、7世紀末に創建されたと考えられています。創建の理由は不明ですが、その背景には、大宝律令の選定に参加し、式部卿正四位下で卒した下毛野朝臣古麻呂(しもつけぬのあそんこまろ)の強い関与を想定することができます。天平年間には国の機関である「下野薬師寺造寺司」が設置され、749年に筑紫観世音寺と共に500町の墾田が認められるなど、寺の造営が国家事業として進められていたことがわかります。

下野薬師寺跡のクチコミ情報

9件のクチコミがあります。

  • ともぞう/40代/女性/佐野

    7世紀末、この地方を治めていた豪族によって創建されたと考えられているそうです。9世紀中頃の大火災や国家仏教の衰退などにより、廃寺になりかけた下野薬師寺を鎌倉時代に復興し、14世紀南北朝時代に足利尊氏が戦死者を弔うために、安国寺の建立を発願し、その時に安国寺と改称された。といわれています。とても広い敷地で、柱の跡などが残されていて、当時を想像できる空間です。

  • さくら/40代/女性/宇都宮

    奈良時代に建立された格式高い寺院だそうです。全体の大きさは東西に250メートル、南北に360メートルの塀の中に、100メートル四方の回廊があり、その回廊の一部が復元されています。回廊は、白い壁に朱色の柱がとてもきれいでした。境内には梅の木がたくさんあるので、梅の時期にお花見に来たいと思いました。

  • ノア/40代/女性/宇都宮

    とにかく、その広さにはビックリしました。現在は、回廊の一部が復元され、だいぶ整備されて史跡公園になっています。発掘時の写真や復元図、付近の地図も含めた説明板があり、その昔隆盛を極めた壮大な建物だったことが良くわかります。隣接された下野薬師寺歴史館で、映像や展示物を見学し、日本三戒壇の一つとしてとても重要なお寺だと知りました。

  • ぴかりん/40代/女性/日光

    寺院跡を見渡すと、とても広い敷地だったことがわかります。この周辺は古代の政治・文化の中心地、交通の要だったところで、当時の都・奈良の寺院にも並ぶくらいのところでした。現在は回廊などが復元されています。スケールの大きさを感じますよ。

  • まめっち/40代/女性/市貝

    復元された回廊を見て、とても大きい建物だったんだと分かりました。 史跡総合説明版で、誰にでも、どこに何があったか理解できるように記載されていました。

  • はる/40代/女性/宇都宮

    一番印象に残ったのは、下野薬師寺の敷地をぐるりと囲んでいたであろう回廊の一部が復元されていた部分です。復元されているのは回廊の角部分なので、角から角を歩くと当時の規模を体感することができます。ちょうど夕方だったので、沈む夕日に平安ロマンを感じました!

  • しゃぼんだま/40代/女性/大田原

    国指定史跡の下野薬師寺跡。回廊跡が印象的でした。発掘調査の成果をもとに古代から伝わる工法によって復元された回廊。約100メートル四方あったとされる回廊の北西隅の一部を復元しているんですね。近くに史跡総合説明版があって、下野薬師寺の伽藍設置を陶板で表示してあるほか、説明版によって寺の概要を知ることができるので、とても良かったです。

  • ななっち/50代/女性/小山

    現在、史跡公園として整備され、下野薬師寺の回廊の北西角が復元されています。礎石の後もあり、案内板もしっかりあるので、一部は現在の民家のあたりになりますが、当時の下野薬師寺の規模も感じることが出来ます。復元された回廊のあたりには梅の木もあり、早春には回廊の赤色ととても美しい風景が見られることでしょう。

  • みおみお/30代/女性/宇都宮

    薬師寺は1300年ほど前に建てられたそうで、発掘調査によって判った伽藍の配置や復元された回廊により当時の様子を知ることができました。「戒壇」というお坊さんになるテストができる日本に3つしかなかったお寺の一つだったらしく、国内でも重要な場所だったんですね。

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