下野市の文化財

  • 甲塚古墳出土土器
    かぶとづかこふんしゅつどどき
  • 文化財の種類
  • 考古・歴史資料
  • 文化財指定団体
  • 指定なし
  • 文化財が造られた時代
  • 古墳時代
  • 概要
  •  甲塚古墳では、前方部西側の形象埴輪列の最前列付近から大量の土器が出土しました。その土器群は、土師器坏、土師器高坏、須恵器坏、蓋、有蓋高坏、大甕、脚付長頸壺などからなります。土器はおおよそ2.5m四方の中からまとまって出土しました。土器群の中心には、土師器高坏を1列に5~7個並べ8列程度の列をつくっていて、脚部の多くは立った状態でみつかりました。また、この土師器高坏の北側と東側の列に沿って須恵器の高坏が並べられていました。これらの須恵器高坏の多くは蓋を持つもので、横に蓋が置かれた状態で出土したものもありました。坏類は高坏などに比べて細かく割れた破片で出土していて、破片も飛び散って出土していることから、意図的に割った可能性も考えられます。

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文化財の詳細情報

出土状態

▲出土状態


 須恵器の坏・坏蓋・高坏・高坏蓋は約150点前後出土していますが、高坏が約50点、その蓋がほぼ同数、残りが坏・坏蓋となります。これらは製作技法の特徴から4種類に分類することができますが、いずれも下野国内ではまだ須恵器生産が始まっていない時期で、複数の地域で生産された製品が流通していたことがわかります。産地は近畿地方、静岡県湖西市周辺、東海地方、群馬県太田地域か埼玉県周辺と考えられ、時期は6世紀後半(TK43並行期)のものと考えられます。
 須恵器大甕底部破片は、この土器群の南東方向約1mの位置から出土しました。地面を浅く掘りくぼめ、そこに丸底の甕を据えたまま底を割ったため、くぼみの中に底部の破片が残った状態で確認されました。甕の口縁部と胴部の破片は土器群を飛び越えた埴輪列付近からまとまって出土しており、底を抜いた後に持ち上げて、埴輪列の方に向かって投げて割ったようにも考えられます。

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